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12月31日お誕生日の有名人:大黒摩季様

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大黒摩季様 お誕生日おめでとうございます。

大黒 摩季(おおぐろ まき、1969年12月31日)は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家。
所属事務所はビーイング。所属レコード会社はBeing。
北海道札幌市南区出身、藤女子高等学校卒業。
実家は製パン業の札幌キムラヤを営んでおり、前社長の長女、現社長の姉。血液型はA型。

人物

3歳からクラシックピアノを始め、札幌市立石山小学校の頃から作曲をしていた。
幼少の頃はオモチャがピアノだったという。藤女子高等学校卒業後に上京する。
また非常に交友関係が広く神田うの、藤原紀香[やはるな愛、川島なお美夫妻や山田邦子夫妻 、森三中などの他に、デビュー前からZARDの坂井泉水とは親しくしていた。
夫は1歳年下の一般人の為、氏名や職業は公表されていない。
楽曲提供する際にMaquita Grande Negroというペンネームを使用するときもある。
またスクールオブミュージック&ダンス音楽専門学校で非常勤講師も務めている。

来歴
デビュー前

1989年にビーイング主催のオーディション(第3回BADオーディション)に合格するも、コーラスをするよう言われる。
他にもソニーやビクターのオーディションに合格しており、ソニーからは「すぐにデビューしよう」という話があったが、大黒はビーイングでの下積みの道を選ぶ。
その後、B'z、ZARD、TUBE、T-BOLAN、DEEN、織田哲郎などのビーイング系アーティストのコーラスを担当する。

1990年には安宅美春(後にKIX-Sを結成)のギターソロアルバム「孤独のRUNAWAY」にゲストボーカルとして参加し(当時の表記は大黒摩紀)、
山下久美子の「WHY?」「LOVE & PEACE」「BIBBIDI, BOBBIDI, BOO」をカバーしている。
1991年1月にSILK(大森絹子)のアルバム収録曲「ジョン・レノンが聴こえる夜」(作詞はみなみなみ)で作曲家デビュー。
TUBEの春畑道哉のソロライブツアーにコーラスとして参加。
またCM NETWORKの一員として「GO!GO!貴花田」という曲を歌っている。

本人が望んでいた歌手デビューがなかなか出来ないために会社を辞めてアメリカへ旅に出たが、
滞在先で社長から「歌手デビューの話が進んでいる」という旨の電話連絡を受け帰国、会社に復帰して活動を再開した。

デビュー以降の活動

1992年、「STOP MOTION」で歌手デビュー、ドラマ主題歌という大型タイアップがつくもセールスはいまいちだった。
2ndシングル「DA・KA・RA」がCMのタイアップがつき問い合わせが相次ぎ結果的にヒットチャートを上昇しミリオンヒットを記録し、第34回日本レコード大賞新人賞受賞。
以降、「チョット」「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」「熱くなれ」等のヒット曲を出す。
デビューしてから数年は露出を控え、メディア出演やライブ活動をすることはなかった。
そのため、「大黒摩季は歌手担当、写真で顔を出すモデル担当、作詞・作曲担当とそれぞれ3人いる」
「大黒摩季はコンピューターで作られたもので実在しない」という都市伝説まで存在した。
1996年度の長者番付では歌手部門10位となる。

数少ないテレビ出演としては、デビュー前の1992年5月17日にフジテレビ『ミュージックフェア』において、初出演を果たしている。
B'zと近藤房之助、坪倉唯子が昔の曲を歌う企画のコーラス参加だが、歌う前に大黒はB'zらと横一線に並び、司会に名前を紹介されていた。
また1996年に「熱くなれ」がNHKのアトランタオリンピック中継テーマソングとなった関係から、
同局の『サンデースポーツ』に出演しインタビューに答えているほか、
同年6月1日には当時ビーイングがスポンサーに付いていたテレビ番組『ROX』(関西テレビ)の第1回で特集され、アマチュア時代の思い出を語るなどインタビューに応じている。

1997年8月1日にレインボースクエア有明特設ステージで行われた初のソロライブ『LIVE NATURE#0〜Nice to meet you〜』で、初めて本格的にファンの前に姿を現す。
このライブの一部はテレビ朝日『ミュージックステーション』で生中継されたほか、ライブ・ビデオ『大黒摩季 LIVE BEATs』に一部収録されている。
このライブ以降、全国ツアーを開催するようになった。

それ以前にもわずかながらステージに立ち、姿を現している。
1990年5月に横浜バードで行われた近藤房之助と小島良喜のライブにゲストボーカルとして参加。
1996年2月と3月には大阪・心斎橋にあるグランカフェで行われていた、サンデーブルースLIVEクンチョーのステージに飛び入りゲストとして参加している。
その他にも「大黒摩季」個人として、1996年9月21、22日に札幌で行われた「ゆうあいピック北海道大会」に、
大会テーマソングとして当時は未発表だった「風になれ」(のちにアルバム『POWER OF DREAMS』に収録)を提供した縁で、
大会閉幕後に選手や大会役員、スタッフなどを招いて行われた後夜祭にサプライズ登場し、ミニライブを行ったことがある。

1998年、9月11日にテレビ朝日系「ミュージックステーション」に2度目の出演を果たした。
前回と同様、全国ツアー『LIVE NATURE #2 〜BEST BEATs〜』のライブ会場からの生中継となった。
9月9日発売のニューアルバム「MOTHER EARTH」に収録されている「この闇を突き抜ける」と「ROCKs」(アルバム「永遠の夢に向かって」に収録)の2曲を披露した。

1999年、全国ツアー『LIVE NATURE #3』を開催する。
夏にはツアーファイナルとなるスペシャルライブを千葉マリンスタジアムで敢行する。
12月31日に奈良・東大寺で開催されたカウントダウンライブで充電休養を宣言する。
2001年にはビーイングを脱退し、古巣の東芝EMIにレコード会社を移籍して活動再開した(移籍以降、ビーイング側のCDでは作詞に「ビーイングスタッフ」と付けられている)。
8月8日に復帰第1弾シングル「虹ヲコエテ」を発表した。

2000年代
2003年、アルバム『RHYTHM BLACK』を引っさげて、全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.3』を開催。
11月11日、友人の紹介で知り合った会社員と入籍。
初対面の際、男性は大黒のことを知らず、「アーティスト?画家ですか」と訊かれたと、大黒は語っている。

2004年、武部聡志、土屋公平、真矢、恩田快人らとコピーバンド“大黒摩季とフレンズ”を結成。
3月17日に1980年代の曲をコピーしたアルバム『COPY BAND GENERATION VOL.1』を発表。
シングル「ASAHI〜SHINE&GROOVE〜」がアテネ五輪ホッケー女子日本代表オフィシャルサポートソングに起用される。
この曲は大黒が偶然見ていたテレビ番組に出演していたホッケー女子日本代表の選手が話していた女子ホッケーの現状を聞き、
自分の下積み時代の姿と重なり何か出来ないかと思い作られたもの。
出来上がった時には代表チームの合宿地へ訪問して聴いてもらったとのこと。

2005年、2年ぶりの新作『HAPPINESS』を発表し、7月15日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.4』を開催。
12月には初となる日本武道館単独ライブを行う。
同31日、ナガシマスパーランド(三重県)にてカウントダウンライブを行なう。

2006年、初のバラードシングル「胡蝶の夢」がフジテレビ系昼ドラマ『新・風のロンド』主題歌に起用される。
3月にはバラードベストアルバム『weep』を発表する。
5月15日、ワールドカップ選手発表に伴って、FWに選出された大黒将志と巻誠一郎(二人合わせて大黒摩季(巻)だから)、友人の中田英寿にエールを送った。
ちなみに「大黒巻」の共演は実現しなかった。
10月20日より全国ツアー『Live BOMB!LEVEL.5 〜デビュー15周年前倒し企画・わりと津々浦々お客様大感謝TOUR “ダイブ見せますMaki Best”+ 〜』を開催。

2007年4月9日、北海道立校としては初の「中高一貫校」として誕生した北海道登別明日(のぼりべつあけび)中等教育学校の開校式にサプライズゲストとして登場。
ノーギャラで作詞作曲を手がけた同校の校歌「明日(あけび)の空に」を生で披露した。

4月18日にシングル「コレデイイノ?!/恋の悪魔 -She's no Angel-」を発表。
「コレデイイノ?!」は前出の『Live BOMB!LEVEL.5』ツアーで披露され、観客と共に踊れる振り付けが施されている。
大黒曰く今時のイイ言葉はないかと考えて辿り着いたものが「コレデイイノ」と云う言葉であり、
「これでいいの?」に「コレデイイノ!」と大黒流の背中を押すエールの言葉となっている。

5月24日、東京青年会議所と2016年東京オリンピックを望む学生の会が開催するイベント、「オリンピックを東京に2016!」にて、無料ライブを開催。

5月25日、夕張市において2万本のサクラやモミジを植え、地域再生を図る「しあわせの桜ともみじ」プロジェクトがスタートし、
同市内の石炭の歴史村の公園内で記念植樹会に参加。
新曲「桜ごころ」を初披露した。

5月27日(デビュー15周年日)、同日放送のフジテレビ『ウチくる!?』に出演。
司会の中山秀征から「(バックコーラス担当時代に)こいつ下手くそだなっていうアイドルもいっぱいいたでしょ?」と聞かれ、
「はい、ぶっちゃけ。何でアンタの気持ち悪い音程に合わせて私が歌わねばならないのだ!(中略)やっぱ顔か~、体か~!!みたいな」と答えた。
この発言はZARDの坂井泉水を指しているのではないかという噂が立った(坂井は放送前日の26日に病院で転落し、27日に亡くなった)。
大黒は坂井の名前を出していたわけではなかったが、大黒のブログが炎上する事態に発展した。

6月26日、死去した坂井泉水の音楽葬に参列した。
その後記者陣に対して終始泣き崩れながら「心遣いが素敵な女性でした」とコメントした。
後年、大黒は「泉水ちゃん(の声)にくっつく(=バックコーラスをする)のが好きでした」「泉水ちゃんの声が、私の体の中に入ってる」と語っている。

8月19日に38歳でこの世を去ったプロウィンドサーファー飯島夏樹の誕生日に、表参道ヒルズにて飯島へ捧げた曲、「HEVEN'S WAVES」を披露した。
ハワイで行われた葬儀で流された。飯島と大黒はサニーサイドアップ所属。

10月、大黒摩季とフレンズを再結成し、青春ロックライブハウスツアーを開催。
年末にはANAインターコンチネンタルホテル東京他で初のディナーショーを開催した。

2008年1月30日にアルバム『POSITIVE SPIRAL』を発表。
2月9日より全国ツアー『MAKI OHGURO Live Bomb! Level.6 15th Anniversary Final Tour 〜ありがとう! そして…POSITIVE SPIRAL〜』(全21公演)。
5月17日、ツアーフィナーレのスペシャルライブをパシフィコ横浜で開催した。
年末は2007年に引き続き、グランドプリンスホテル高輪他でディナーショーを開催した。

2009年2月4日に初のセルフカバーアルバム『LUXURY 22-24pm』と
ライブDVD『Maki Ohguro Live Bomb!!Level.6 15th Anniversary Super Final in パシフィコ横浜 〜My Music My Life〜』を同時発表。
3月29日よりライブツアーを横浜BLITZ、Zepp Tokyo他全16公演開催した。

2007年公開の映画「LIFE〜天国で君に逢えたら」のモデルとなったプロウィンドサーファー飯島夏樹の小説がTBSドラマ、
「JNN50周年記念 スペシャルドラマ 天国で君に逢えたら」でオンエアーが決定。
放送日 2009年9月24日。そのテーマソング『最後のラブレター』を手掛けた。

8月29日に一夜限りのファンクラブイベント、〜一見さんお断り〜「スナック摩季」を渋谷DUOにて行われた。

活動休止

2010年8月24日に13枚目のアルバム「すっぴん」の発表とともに子宮疾患の治療のため、2010年10月末で無期限活動休止を発表した。
疾患は1996年には発覚していたが、子宮腺筋症だけでなく、左卵巣嚢腫、子宮内膜症、子宮筋腫も併発し他の内臓を圧迫しており、
これ以上の肥大は子宮全摘出しか方法がなくなる可能性があり、また治療のための体外受精や流産を繰り返しており、
2010年にきて治療のために活動停止をせざるを得ない状況となった。
しかし、翌年の2011年にRESTART JAPAN with TUBEの楽曲である『RESTART』のレコーディングに参加している。

2014年には北海道夕張郡長沼町にて町内の三つの中学校の統合により新設される『長沼町立長沼中学校』の新校歌の制作を依頼され、
「道産子として恩返しをしたい」と快諾、自らの作詞・作曲により『希望の丘』と題する新校歌を描き下ろして完成させ、新しい中学校に贈っている。

2015年には、スカイマークの応援歌を手掛け、約4年半ぶりとなる本格的なレコーディングも実施した。
応援ソング制作のきっかけは、スカイマーク社が大黒が2010年に発表した楽曲「TAKE OFF」の使用許可を取ろうとしたことで、このたび制作された応援ソングも同曲を原曲としている。
タイトルは「TAKE OFF ~SKYMARK, Cheer UP← version~」で、スカイマーク社員たちに寄り添った応援歌にしたいという考えから、
大黒自ら原曲の歌詞を3割程度変更し、「青く光る Skymark」などのフレーズも盛り込まれた。
さらに、同年3月19日には、Youtube上で本曲とスカイマークの映像を用いた動画が公開された。

同年11月に子宮全摘出の手術を受け、長年患ってきた子宮疾患を完全克服した。

ビーイングでの再始動
2015年には、大黒の古巣ビーイングの所属歌手La PomPonへ楽曲提供をするなど作家としての活動を本格化。
9月16日リリースのシングル「謎/ヤダ!嫌だ!ヤダ! ~Sweet Teens ver.~」のカップリング「ヤダ!嫌だ!ヤダ! ~Sweet Teens ver.~」の作詞・作曲を担当。
4月にリリースされたLa PomPonの2ndシングル「HOT GIRLS」のカップリング曲「恋はずーく☆ダンス」にて「Maquita Grande Negro」というペンネームでも楽曲提供している。
その他TUBEやアンティック-珈琲店-などビーイング所属のアーティストへの楽曲提供、
ビーイング在籍時に多くの作品でコーラスを担当していたZARDのデビュー25周年記念サイトへのメッセージの寄稿、
2016年5月18日に発売の「d-project with ZARD」にゲストボーカルで11曲参加するなど、古巣ビーイングでの活動が活発化してきた。

2016年、6月1日発売の郷ひろみの101枚目のシングル「IRREGULAR」の楽曲提供を行った。

6月20日、6年ぶりに活動再開と再びビーイングに所属することが発表され、
8月11日開催のファンクラブイベント、8月13日の野外フェス「ライジング・サン・ロックフェスティバル」の参加が発表となる。

また、8月10日に6年ぶりの新曲となるシングル「Higher↗↗Higher↗↗」を配信限定でリリースした。

10月16日には、約5年半ぶりに単独ライブを地元でもある北海道・札幌市ニトリ文化ホールにて凱旋公演
「Maki Ohguro 2016Live–HOP!~Reborn To The Future☆彡~ in Sapporo Nitori Bunka Hall 」を開催した。
同会場にて、2017年に47都道府県にも及ぶ全国ツアー『Maki Ohguro 2017 Live-STEP!! 〜Higher↗↗Higher↗↗中年よ熱くなれ!! Greatest Hits +〜』の開催が発表された。

11月4日、AIR-G'(FM北海道)にてレギュラー番組「トーホウリゾート presents 大黒摩季♪大人のBreak Time」が開始。

11月18日、テレビ朝日系列夜8時より生放送の音楽番組『ミュージックステーション』へ自身3度目の出演をした。
同番組への出演は1998年以来約18年振りとなる。
また、番組でのスタジオ出演は18年越しで今回が初となった。
代表曲である「熱くなれ」「あなただけ見つめてる」「ら・ら・ら」の3曲をメドレーで披露した。

11月23日、2010年を最後に活動休止以来、約5年半振りとなる作品として再始動後初となるオールタイム・ベストアルバム『Greatest Hits 1991-2016 〜All Singles +〜』を発売。
オリコン週間売上で初登場4位となり、1999年発売の「MAKI OHGURO BEST OF BEST〜All Singles Collection〜」以来16年10ヶ月ぶりにTOP5に入った。
また、11月24日付のデイリーチャートでも2位にランクインした。

2017年、1月7日よりbayfmでレギュラー番組「Your Playlist」が開始。

2月25日より47都道府県に及ぶ全国ツアー『Maki Ohguro 2017 Live-STEP!! 〜Higher↗↗Higher↗↗中年よ熱くなれ!! Greatest Hits +〜』が開催されている。

5月27日にデビュー25周年を迎え、6月1日にはデビュー25周年記念の特設サイトが開設された。 

9月27日、復帰後初なおかつ、デビュー25周年記念第一弾シングルとして「Lie, Lie, Lie,」がリリースされた。
この曲は、『名探偵コナン』のオープニングとして8月5日より起用されている。

ビーイングスタッフ表記問題

大黒は全ての楽曲をリリース時には「大黒摩季」として作詞しているが、
ビーイング離脱後の2001年にビーイングが発売したベスト・アルバム『BACK BEATs #2〜Maki Ohguro&Staff Works〜』で、
作詞クレジットが「ビーイングスタッフ・大黒摩季」となっていた。
同アルバムの裏ジャケットには作詞クレジットが表記されており、歌詞カードの中を見ずとも「ビーイングスタッフ・大黒摩季」の作詞クレジットが確認できるようになっていた。
その結果、作詞のほとんどは大黒摩季単独ではなく、ビーイングのスタッフが作詞にも関わっていたと思われる表記が掲載されることとなってしまった。

大黒離脱後にリリースされた「BEST OF BEST 1000」のliner noteによると、歌詞のほとんどをプロデューサーの長戸が書き換えたとしている。
文中では「DA・KA・RA」が2フレーズを例に挙げて大黒の歌詞を長戸が意味を逆にした、「ら・ら・ら」は大黒の作詞は最初の1行のみでタイトルも含めて全て長戸が作ったとあり、
「あなただけ見つめてる」は最初の頭のサビ以外全て、「夏が来る」は大半を、それぞれ長戸が書いたとしている。
文中では「詞の天才のZARDの坂井に対して、コーラスの天才の大黒」という風に長戸が評したとされている。
それ以降、ビーイング離脱後で移籍先の東芝EMIから発売された曲は「大黒摩季」表記になっているが、
ビーイングが出版する大黒摩季の関連CDの作詞には(東芝EMI移籍後にビーイング時代の曲を再録音した音源のものであっても)単体のまま「大黒摩季」と表記されないようになっている。『complete of 大黒摩季 at the BEING studio』では作詞・作曲のクレジットを一切表記しない方法を取った。

また、ビーイング離脱後にビーイングが発売したMANISH『complete of MANISH at the BEING studio』の作詞クレジットは「大黒摩季」のままであったが、
ビーイングのオムニバスアルバム『IT'S TV SHOW!』ではMANISHの作詞も「ビーイングスタッフ・大黒摩季」に変更されている。
その後にリリースされたMANISH『BEST OF BEST 1000 MANISH』では作詞クレジットが「大黒摩季」に戻っている。

大黒がビーイング離脱後に発売したベストアルバム『Weep〜maki ohguro The Best Ballads Collection〜』、
及び『LUXURY 22-24pm』では、ビーイング在籍時代に発表された楽曲の作詞の表記は、「大黒摩季&ビーイング・スタッフ」と表記された。

なお、JASRACの音楽作品データベース検索サービスなどで収録曲やアルバムを検索しても、作詞・作曲に「ビーイングスタッフ」の表記は無い。
また、大黒がビーイングの所属に戻った後に発売されたベストアルバム『Greatest Hits 1991-2016 〜All Singles +〜』では、作詞の表記は「大黒摩季」に戻されている。

作詞に直接言及しているわけではないが、大黒自身はビーイング復帰後の2016年12月、「『大黒摩季』ってみんなのものなんですよね。

出典:画像、プロフィール:タレントデータバンク ウィキペディア goo

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